大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)171号 判決

原告

テイーデイーケイ株式会社

山崎舜平

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和55年審判第19102号事件について、昭和58年6月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告ら

主文同旨

2  被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告テイーデイーケイ株式会社(旧商号東京電気化学工業株式会社を昭和58年3月1日に現商号に変更)、原告山崎舜平及び訴外山崎工業株式会社は、昭和45年12月17日に特許出願をした同年特許願第113251号を原出願とする分割出願として、昭和50年4月30日、名称を「半導体装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、共同して特許出願をした(同年特許願第52155号)。同出願は、昭和51年8月23日に特許出願公告された(同年特許出願公告第28991号)が、特許異議の申立があり、昭和55年7月21日に拒絶査定がされた。右審査手続中に、原告山崎舜平は、前記訴外山崎工業株式会社の有する本願特許を受ける権利の持分を同社から譲受け、その旨の特許出願人名義変更届を特許庁に提出した。原告らは、昭和55年10月29日、右拒絶査定に対する審判を請求した。特許庁は、同請求を同年審判第19102号事件として審理した上、昭和58年6月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月17日、原告らに送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

1 絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも一つ有する半導体装置において、主成分が半導体材料よりなるゲイト電極が設けられるとともに該ゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極がソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられたことを特徴とする半導体装置。

2 特許請求の範囲第1項記載の半導体装置において、複数個の絶縁ゲイト型電界効果トランジスタは、外側周辺にフイールド絶縁物の少くとも一部が埋置した半導体領域に設けられたることを特徴とする半導体装置。

3  特許請求の範囲第1項記載の半導体装置において、半導体電極より延在した半導体のリードはフイールド絶縁物上にわたつて設けられたることを特徴とする半導体装置。

4  特許請求の範囲第1項記載の半導体装置において、一導電型のうめこみ層からなるソースと、該うめこみ層の外側の前記ソースとは逆の導電型のチアネル形成領域を有するうめこみ層と前記ソースと相対して設けられた前記ソースと同一導電型のうめこみ層からなるドレインとを少くとも有する絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少くとも一つ有することを特徴とする半導体装置。

3  審決の理由の要点

1 本願の特許請求の範囲1に記載された発明(以下、「本願発明1」という。)の要旨は、前項1のとおりである。

2 1969年10月発行の「IEEE Spectrum」28ないし35頁の「Silicongate technology」と題する論文(以下、「第1引用例」という。)には、主成分が半導体材料よりなるゲイト電極を設けた絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少くとも一つ有する半導体装置が示されている。

また、米国特許第3460007号明細書(以下、「第2引用例」という。)の第6図には、バイポーラトランジスタに関するものではあるが、複数領域に電極を形成する場合、一方領域のみに半導体材料よりなる電極を設けることが示されている。

3 そこで、本願発明1を第1、第2引用例に記載されたものと比較検討すると、「主成分が半導体材料よりなるゲイト電極が設けられ」という構成要件の一部と同様のものは、第1引用例に記載されており、また他の構成要件である「ゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極がソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられ」という点については、第2引用例に記載されたトランジスタに関する技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

4  以上のとおりであるから、本願の特許請求の範囲2ないし4の発明について審理するまでもなく、本願発明は特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1の要旨認定、同2のうち第1引用例の開示事項、同3のうち第1引用例と本願発明1との対比判断は認めるが、その余は争う。同4は争う。

審決は、第2引用例の記載内容を誤認し(取消事由(1))、容易推考性についての判断を誤り(取消事由(2))、誤った結論に至つたものであつて、違法として取り消されなくてはならない。

1 第2引用例の記載内容の誤認(取消事由(1))

審決は、第2引用例の第6図(別紙図面、以下同じ)には、「複数領域に電極を形成する場合、一方領域のみに半導体材料よりなる電極を設けることが示されている。」と認定しているが誤りである。

第2引用例のバイポーラトンジスタのエミツタ電極は、多結晶半導体層47と金属層52の複合構造となつている。すなわち、第2引用例の多結晶半導体層47は、エミツタ領域への不純物の拡散源及びデバイス表面のカバーとしてのものであつて(甲第5号証訳文13頁11ないし19行)、電極としての機能は金属層52との複合構成を有することによつてはじめて生ずるものである。なぜなら、第2引用例のバイポーラトランジスタは電流制御型素子であるため実質的な電流が電極を流れることが必要であり、よつてアルミニウムのような金属に比べて比抵抗が数桁大きいシリコン半導体をもつて電極を構成することは著しく困難である。一方、本願発明1のような絶縁ゲイト型電界効果トランジスタは電圧駆動型であるため動作電流がバイポーラトランジスタに比べて数桁小さいので半導体電極を設けることが可能である。したがつて、第2引用例においては、多結晶半導体層47は、第6図に示されるように半導体部分の抵抗を極力小さくするためにその厚さを極めて薄く構成され、その層の上に真の電極としてさらに金属電極52として示されるアルミニウム層が設けられている。第2引用例においては、エミツタ電極は複合構造となつているのである。この点は、第2引用例において金属層52が常に「電極」(etectrode)として示されていること、かつ「電極52はエミツタ電極として・・・機能する」(前同13頁9・10行)と明示されていることにより明らかである。

以上のとおり、第2引用例のエミツタ電極は多結晶半導体層47と金属層52の複合構造となつているもので、半導体材料のみで構成されているものではない。一方、第2引用例のベース電極は金属材料からなつており、コレクタ電極の材料に関しては何らの開示もされていない。

したがつて、第2引用例は、複数領域に電極を形成する場合、一方領域にのみ半導体材料よりなる電極を設けることを開示するものではなく、審決の前記認定は誤りである。

2 容易推考性についての判断の誤り(取消事由(2))

審決は、本願発明1の「核ゲイト電極と同一の主成分材料よりなる電極がソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられたこと」との要件が「第2引用例に記載されたトランジスタに関する技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの」と判断しているが誤りである。

(1)  審決の右判断は、本願発明1の「核ゲイト電極と同一主成分よりなる」との構成要件を「単に半導体材料よりなる」との前提に立つものであるが、その前提は誤りである。

本願発明1は、特許請求の範囲1に明示されているとおり、ゲイトとソース又はドレイン電極のいずれか一方の電極とが「同一主成分」の半導体材料で構成されることを要件とするものである。すなわち、単に「半導体材料よりなる電極」と認定すると、例えばゲイト電極にシリコン(半導体)を用い、ソース又はドレインのいずれか一方の電極にゲルマニウム(半導体)を用いる構成を有する絶縁ゲイト型電界効果トランジスタも本願発明1の一実施例となつてしまうが、このような構造では、半導体の材料が異なるため、同一工程でゲイト電極とソース又はドレイン電極を接続形成することができないためインバータ構造とすることができず後記本願発明1の顕著なる作用効果を達成することはできず、特許請求の範囲の文言から考えて右の見解は誤りである。

本願発明1はこのように、単に、「半導体電極」を設けるのではなく、ゲイト電極と、ソース又はドレイン電極とを同一主成分とするものであり、例えば、本願明細書の第3図(実施例)にあるように、ゲイト電極にシリコン、ソース又はドレインのいずれか一方の電極にシリコンと、同一主成分の半導体を用いることにより、後記本願発明1の顕著な作用効果を有するものである。

(2)  また、審決の前示判断は第2引用例のエミツタ電極が半導体材料よりなつているとの前提に立つものであるが、その前提そのものが明らかな誤りであることは取消事由(1)に述べたとおりであり、したがって、この誤つた前提に立つ前示判断が誤りであることは明白であるが、さらに次の点が指摘できる。

(1) 第2引用例には、単に、3端子構成のバイポーラトランジスタのうち、1端子であるエミツタに複合電極を設けるとの記載があるのみで、本願発明の重要な構成要件である「同一主成分よりなる」との点については、何ら記載がない。

(2) 本願発明1は「絶縁ゲイト型電界効果トランジスタ」についての記載であり、第2引用例は「バイポーラトランジスタ」に関するものである。絶縁ゲイト型電界効果トランジスタとバイポーラトランジスタは、その構成、作用効果を全く異にし、技術的な同一性は認められない。すなわち、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタは電圧制御型であり、その動作は半導体表面で行われ(このため異種材料の界面が重要である)、その特性はゲイトのチャンネル長で決まる。これに対し、バイポーラトランジスタは電流制御型であり、その動作は半導体内部(バルク)で行われ(このため同種材料の導電型の違いが重要である)、その特性はベースの厚みで決まるものである。

よつて、両者は基本的な技術思想そのものが大きく異なつており、バイポーラトランジスタについての思想を、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタに適用することは(あるいはその逆も)、当業者が容易に推考できることではない。

(3) 第2引用例は基板の裏側よりコレクタが取り出される構造であることから明らかなとおり、集積化される以前の単体部品としての半導体装置に関するものである。したがって、第2引用例に記載された技術を集積化を前提とする絶縁ゲイト型電界効果トランジスタに関する本願発明1に適用することは、当業者にとつて容易に想到できないことである。

すなわち、第2引用例はトランジスタの種類が相違するということに加えて、半導体技術の歴史からみて一世代前の単体部品であるという点でも本願発明1と異なつている。

(4) 第2引用例において多結晶半導体47を設けることの目的及び作用効果は、本願発明1についてゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極をソース又はドレインのいずれか一方のみに設けることの目的及び作用効果とはまつたく異なる。

すなわち、本願発明1はソース又はドレインのいずれか一方の電極をゲイト電極と同一の主成分の半導体材料で構成することにより、後述するように、製造工程の簡略化、歩留りの向上及び実用的な多層配線構造を可能ならしめることという顕著な作用効果を達成するものである。これに対し、第2引用例において多結晶半導体層47は、この半導体層に含まれている不純物を下の半導体層48に拡散させてその直下にエミツタ領域を形成するための不純物拡散源として形成されるものである。そして、この半導体層47は、副次的にPN接合49の表面をふさぐためのカバーとしてPN接合が外気にさらされないようにするとともに、金属電極52とともにデバイス電極としても機能するにすぎない(甲第5号証訳文13頁11行ないし19行)。

したがつて、第2引用例に示される多結晶半導体層47は本願発明1においてソース又はドレインのいずれか一方の電極をゲイト電極と同一主成分の半導体材料で構成することとは、目的及び作用効果において全く異なるものである。

(5) なお、この点は、米国特許第3519901号明細書(甲第8号証)を参照しても同じである。すなわち、同明細書の第3及び第4図において半導体40はバイポーラ素子のエミツタ電極及びこれに続くコンデンサ用電極として用いられ、また、同第6図においては半導体68、70は電界効果トランジスタのソース、ドレイン兼その電極、あるバイポーラ素子のベースの電極68及びもう一つのバイポーラ素子のエミツタ電極70として用いられているが、本願発明1のように一つの電界効果トランジスタのゲイト電極及びソース又はドレイン電極のいずれか一方を同一半導体材料とする技術は開示されていない。

(3) 本願発明1は、ゲイト電極とソース又はドレインのいずれか一方の電極のみとを同一導電型の半導体で構成することにより、以下に述べる顕著なる作用効果を有する。

(1) 製造工程の簡略化  本願発明1はゲイト電極だけを半導体を主成分とする材料とするものではなく、これとともにソース又はドレインのいずれか一方の電極をもゲイト電極と同一の半導体を主成分とした材料で形成することにより、半導体集積回路で多く用いられる基本的素子構造であるインバータ構造、フリツプフロツプ構造等の簡略化を図り、半導体の製造工程を簡略化し、さらに、ゲイト電極との接続不良による断線等を防止して半導体集積回路の信頼性を極めて高めることができる。

このことをインバータ構造を例にとつて説明すると、同構造の負荷部はゲイト電極とソース電極又はゲイト電極とドレイン電極とを電気的に接続することによつて実現されるのであるが、本願発明1によれば、ソース又はドレインのいずれか一方の電極はゲイト電極と同一主成分材料よりなるものであるため、ゲイト電極、ソース又はドレイン電極及びその接続部を同一の半導体材料を用いて同一の配線層に同一の工程で簡略に形成することができるのである。そしてこのように同一の工程で形成することにより、接続不良による断線等の防止の効果も得ることができる。本願発明1の構成要件である「ゲイト電極と同一の主成分よりなる」を無視すれば、このような作用効果は得られないのである。

(2) 歩留りの向上  本願発明1においては、ゲイト電極とソース電極(又はドレイン電極)とを同一の配線層で同一の主成分から成る半導体材料を用いて同一の工程で形成することができる。そして、このようにゲイト電極とソース電極(又はドレイン電極)とを同一工程で形成することにより、両者を別個の工程で形成する場合と比較して、マスク合せの回数が減少する。ところで、半導体の製造工程においてマスクを正確に合せることは困難な作業であり、マスク合せの回数が少なくなればなるほど、電極のマスクずれが少なくなつて、電極の位置決めが正確になされ、製品(半導体チツプ)の歩留り(生産数に対する合格品の数の比率)が改善されるものである。とりわけ、本願出願当時、製品の歩留りは、極めて低かつたため、マスク合せの回数の減少は、歩留りの改善に直結するものであり、本願発明1は、当時工業的に常識とされた3%の歩留りを10%まで向上することができたものであり、歩留りは、約3倍になつたものである。また、ゲイト及びソース又はドレインのいずれか一方の電極を同一工程で形成することにより、両電極を正確に位置決めすることができ、半導体装置の小型化を達成することができ、歩留りが向上する。そして、この小型化は、スイツチング速度の向上、電気消費量の減少、及び半導体装置の自己発熱量の減少による信頼性の向上の効果をもたらすものである。

(3) 多層配線要請上の効果  多層配線においては、下側配線層が電極となる場合にはオーミツクコンタクトすること、耐熱材料であること、絶縁膜の密着性が良いこと等の条件を満たす必要がある。

ところで、例えば下側配線層としてアルミニウムを用いて、このアルミニウムの上に絶縁膜として酸化珪素を形成する場合、酸化珪素はその形成に際して少なくとも400度C以上の温度が必要であるため加熱源により近い基板の温度は500度C近くまで上昇する。一方、アルミニウムは500度Cでは10分以内でもシリコンと反応をはじめ、合金化し、この合金化が進むと、コンタクトはソース、ドレインの接合を超えて基板中にまで達する。しかも、層間絶縁膜としての酸化珪素の作成には、400度Cで30分以上の時間を必要とし、このため耐熱性のないアルミニウム等の金属を下側配線とする実用的な多層配線の作製は極めて困難である。また、アルミニウム以外の金属、例えば近時のようにモリブデン、タングステンを用いた場合には、耐熱性は良好であるが、シリコンとオーミツクコンタクトができず、また密着性も良くない。

この点、本願発明1は主成分が半導体材料よりなるゲイト電極及びソース又はドレインのいずれか一方の電極を下部配線とすることにより、実用的な多層配線構造を達成できる。

これに対し、第1引用例は、電界効果トランジスタのゲイト電極だけが半導体材料で形成され、ソース電極及びドレイン電極が共に金属で形成されている構成を開示しているのみである。すなわち、第1引用例は、電界効果トランジスタのゲイト電極とソース又はドレイン電極とがそれぞれ、半導体材料、金属材料の異なる材料で形成されているので、これら人力側電極を多層配線する際同一の配線層に形成することは不可能であり、その結果インバータ構造の負荷部は本願発明1のように同一材料で同時には形成されえない。このように、本願発明1と第1引用例とはその構成を著しく異にし、第1引用例の構成によつては前述の本願発明1の優れた効果、すなわち製造工程を簡略化しうる多層配線構造を得ることは到底不可能である。

また、バイポーラトランジスタのエミツタ、ベース及びコレクタが絶縁ゲイト型電界効果トランジスタのソース、ゲイト及びドレインにそれぞれ機能的に対応するものであることは、被告の主張するとおり、当業者の技術常識に属するところではあるが、第2引用例のバイポーラトランジスタのエミツタ、ベース及びコレクタの各電極を、それぞれ絶縁ゲイト型電界効果トランジスタのソース、ゲイト及びドレインの各電極に置き換えたとしても、そこで得られるのはソース電極のみが半導体(実際には、同電極は金属と半導体の複合構造で半分だけが半導体で構成されていることは、前述のとおりである)で構成されているにすぎない絶縁ゲイト型電界効果トランジスタである。したがつて、第1引用例と同様、インバータ構造の負荷部は本願発明1のように同一材料で同時に形成することはできず、やはり本願発明1の作用効果を達成できない。

(4) 以上のとおり、本願発明1はゲイト電極及びソース又はドレインのいずれか一方の電極のみ、つまり特定の2つの電極を同一の主成分半導体材料で構成することにより、前述の顕著なる作用効果を達成するものであるが、第1、第2引用例には、特定の2つの電極を半導体で構成すること、加えて両電極の半導体が同一の主成分材料であることは何等の開示も示唆もなされていない。

したがって、第1、第2引用例から本願発明1に想到することは、当業者にとつて容易になしうることではなく、審決の前示判断は誤りである。

第3請求の原因に対す認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の審決取消事由は理由がない。

1 取消事由(1)について

原告らが主張するとおり、第2引用例の第6図のものにおいて、エミツタ電極は多結晶半導体層47と金属層52から構成される複合構造となつており、このことと、第2引用例の「本デバイスの他の利点は、拡散源及びデバイスカバーとして機能する多結晶半導体層47はまたデバイス電極としても機能することにある。」(甲第5号証訳文13頁16ないし19行)との記載によれば、第2引用例には、エミツタ領域からの電流を取り出すために半導体材料を使用すること、すなわち、半導体材料を電極として使用する技術思想が明瞭に開示されている。

原告らは、第2引用例の電極が半導体層47と金属電極52の複合構造でなければ成立しないと主張するが、誤りである。第1引用例の記載(第2図Cとそれに関連する説明)から明らかなように、シリコン電極に対して、それに一体に設けられるシリコン配線層がある場合には必要ないが、第2引用例の第6図に示されているように、リードワイヤ54を取り付けようとする場合には、直接シリコン電極に取り付けられないために金属電極52を介在させた上取り付けている。そして、デバイス電極としての主役は、あくまでもシリコン電極であつて、金属電極52は、シリコン電極とリードワイヤとの中継点に過ぎず、デバイス電極としてのシリコン層47に、第1引用例に記載されている一体のシリコン配線層を設ける場合には、わざわざ金属電極を設けなくてよいことは、当業者にとつて直ちに想到できることである。

次に、バイポーラトランジスタが電流制御型素子で、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタが電圧駆動型であることは、原告らが主張するとおりであるが、そのために動作電流がバイポーラトランジスタに比べて数桁小さいとする原告の主張は誤りである。電流制御型が電圧制御型かは、半導体を流れる電流を制御する原理に基く分類をいうのであつて、制御された結果、装置を流れる電流の大きさは、その型によつて大小関係が一義的に決定されるものではない。電圧制御型の絶縁ゲイト型電界効果トランジスタにおいては、ゲイトの電圧を制御するものであるから、ゲイト電流自体は、無視しうる程小さいことは事実である。しかし、ゲイトにおける制御電流が微小であるからといつて、ソース又はドレイン電流も無視できる程小さいものではない。むしろバイポーラトランジスタのエミツタ又はコレクタ電流と比較して何十倍、何百倍もの電流を流す電界効果トランジスタが存在することも、当業者の技術的常識となつている。シリコン半導体とアルミニウムの比抵抗を比較すれば、シリコン半導体のほうがはるかに高抵抗であることは、原告らが主張するとおりである。しかし、この事実と、バイポーラトランジスタの電極としてシリコン半導体が使用できないとする主張とは、全く関係がない。電流容量が大きい場合には、電界効果トランジスタといえども、シリコン半導体をソース又はドレイン電極として使用することが不都合であることは、バイポーラトランジスタの場合と同様である。反対に、動作電流が小さい場合には、電極としての半導体材料の比抵抗がアルミニウムに比してはるかに高くても、動作上支障が無視できれば、バイポーラトランジスタであろうと、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタであろうと、その動作原理にかかわらず、電極として半導体材料を選択できることは、当業者にとつて技術常識である。

要するに、電極として半導体材料を使用することも、あるいはアルミニウムのような金属を選択することも、ともに本願出願前に公知となつており、いずれを選択するかは当業者が必要に応じて任意になしうる設計事項である。

したがつて、第2引用例のエミツタ電極が半導体材料よりなつているとの認定に誤りはない。

2 取消事由(2)について

(1)  審決は、原告らが請求の原因4 2(1)で主張する前提に立つものではない。審決は、第1、第2引用例を総合した構成は、主成分がシリコン(半導体材料)よりなるゲート電極と同一主成分材料すなわちシリコンよりなる電極がソース又はドレインのいずれか一方のみに設けられたものであり、これは、本願発明1の構成要件のうち、後半部分、すなわち、「(ゲイト電極が設けられる)とともに該ゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極がソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられた」という要件に相当するとし、結局、本願発明1は、第1、第2引用例から当業者が容易に発明をすることができたものとの結論に至つたものである。

本願出願当時、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタもバイポーラトランジスタもともに周知のものであり、製造に関する技術において、共通に使用しうるものは、半導体装置としては異なつていても、いずれにも利用されていることは当業者の周知に属するところである。特に電極部分は、要するに電流を注入しあるいは取り出す部分であつて、半導体装置の動作原理に直接の関係はないのであるから、半導体装置特有の構造部分に比して一層転用が可能なのである。

バイポーラトランジスタがエミツタ、ベース及びコレクタを有するのに対し、電界効果トランジスタはソース、ゲイト、ドレインを持つている。トランジスタを流れる電流は、前者ではエミツタ、コレクタ間、後者ではソース、ドレイン間であり、この電流を制御するのは、前者ではベース、後者ではゲイトであることは、本願出願前技術常識に属するところであつた。すなわち、機能的に見て、バイポーラトランジスタのエミツタ、ベース及びコレクタは、電界効果トランジスタのソース、ゲイト及びドレインにそれぞれ対応するものであることは、本願出願前当業者の技術常識に属するところであつた。してみれば、第2引用例に記載されているところのエミツタ領域の多結晶シリコンによる電極を、第1引用例の絶縁ゲイト型電界効果トランジスタの(右エミツタと対応する)ソース(又はドレイン)の電極として利用してみようとする試みは、当業者であれば直ちに思いつくことであり、それは単なる技術の転用であつて、技術的思想の創作という発明には程遠いのである。

原告らは、多結晶半導体47を設けることの目的及び作用効果は、本願発明1のゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極をソース又はドレインのいずれか一方のみに設けることの目的及び作用効果とはまつたく異なる旨主張する。しかし、審決は、本願発明1が第1又は第2引用例と同一の発明であると認定したものではなく、第1引用例に第2引用例に記載された技術を適用することによつて、当業者が容易に発明をすることができたものと認定しているのであり、作用効果には若干の差違はあるとしても、容易に推考できる範囲であるから、原告らの主張には首肯できない。

(2)  原告らは、本願発明1の作用効果として、「(1)製造工程の簡略化」を挙げ、インバータ構造を例にとつて、ゲイト電極、ソース又はドレイン電極及びその接続部を同一の半導体材料を用いて同一の配線層に同一の工程で簡略に形成できる旨主張する。しかし、本願発明1の構成要件には、電極は記載されているものの、配線層については記載されていないから、このような事項についての効果を主張することは当を得ていない。配線層を、第1引用例に記載されているようにシリコン半導体で構成することも、金属によつて構成することも、ともに公知ではあるが、同一の半導体によつて配線層を構成する旨の構成が、本願発明の特許請求の範囲1に記載されていないのであるから、このような記載のない事項について効果を主張することは失当である。

また、「(2)歩留りの向上」としてマスク合せの回数が少くなることによる効果を主張するが、本願発明1は物の発明であつて製造方法の発明ではなく、マスク合せの工程と本願発明1の構成と1対1で対応しているものでもないから、本願発明1の効果として主張することは不適当である。

「(3)多層配線要請上の効果」についても、特許請求の範囲1に多層配線についての記載は存在しないばかりでなく、配線についても記載されていないのであるから、このような記載されていない事項についての効果を主張することは、当を得ていない。

なお、多層配線を施した半導体装置は、例えば、米国特許第3519901号明細書(甲第8号証)によつて、本願出願前当業者に広く知られていた技術であり、本願発明が指向する多層配線は、すでに周知に属しており、新たな効果ということはできない。

以上のとおりであるから、作用効果についての原告ら主張も理由があるものとはいえない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び本願発明1の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  そこで、原告ら主張の審決取消事由(2)について検討する。

1 第1引用例に主成分が半導体材料よりなるゲイト電極を設けた絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも1つ有する半導体装置が示されていることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第4号証によれば、第1引用例に示されている絶縁ゲイト型電界効果トランジスタのソース及びドレイン電極は、いずれも金属であるアルミニウムで形成されており、そのいずれか一方のみをゲイト電極と同一主成分材料であるシリコンで形成することを示唆する記載は一切ないことが認められる。

また、第2引用例の第6図にエミツタ電極が多結晶半導体層47と金属層52から構成されているバイポーラトランジスタが示されていることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第5号証によれば、第2引用例には例Ⅰ(第6図)と例Ⅱ(第8図)として2つのバイポーラトランジスタの例が示されているが、そのいずれのベース電極も金属によつて形成されており、そのコレクタ電極の材料に関しては触れられておらず、ベース電極とエミツタ電極、あるいはベース電極とコレクタ電極として、ともに主成分が同一の半導体材料よりなる電極を設けることを示唆する記載は一切ないことが認められる。

2 審決は、本願発明1の「ゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極がソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられ」との構成は、第2引用例に記載されたトランジスタに関する技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと述べる。

しかしながら、第2引用例には、前叙のとおり、エミツタ電極を多結晶半導体層と金属層の複合構造とすることは示されているが、ベース電極は金属によつて形成されていることが示されているにすぎないのであるから、被告が主張し原告らも認めるところのバイポーラトランジスタのエミツタ、ベース及びコレクタが絶縁ゲイト型電界効果トランジスタのソース、ゲイト及びドレインにそれぞれ機能的に対応することが本願出願前当業者の技術常識であつたとの事実に照らしても、第2引用例は、ゲイト電極を金属電極として絶縁ゲイト型電界効果トランジスタにおいて、ソース電極を多結晶半導体層と金属層からなる複合構造とすること、あるいはソース電極を半導体材料によつて形成することを示唆するに止まり、それ以上に、ソース又はドレイン電極のいずれか一方のみをゲイト電極と同一主成分材料である半導体材料で形成することを示唆するところはないと認められる。

そうとすれば、ゲイト電極を主成分が半導体材料よりなる電極とすることが第1引用例に示されており、ソース電極を主成分が半導体材料よりなる電極とすることが第2引用例に示唆されているとしても、そのいずれも、前示のとおりゲイト電極とソース(又はドレイン)電極は別種の材料で形成することを示しているにすぎないのであるから、この2つの公知例によつては、本願発明1の主成分が半導体材料よりなるゲイト電極と同一主成分材料よりなる電極をソース又はドレインのいずれか一方のみに設ける構成を当業者が容易に想到できるということはできないと認められる。

被告は、第2引用例に記載されているところのエミツタ領域の多結晶シリコンによる電極を第1引用例の絶縁ゲイト型電界効果トランジスタの(右エミツタと対応する)ソース(又はドレイン)の電極として利用してみようとする試みは、当業者であれば直ちに思いつくことである旨主張するが、ゲイト(ベース)電極とソース(エミツタ)電極を別種の材料で形成することが示されている第1、第2引用例から、なぜにこれを同種の材料から形成することの着想が生ずるのかの根拠は明らかにされていない。そして、被告の主張するように、仮に絶縁ゲイト型電界効果トランジスタとバイポーラトランジスタの製造に関する技術は、共通に使用できるものはいずれにも利用されていることが周知であつたとしても、このことは右の根拠とはならないし、成立に争いのない甲第6、第7号証により認められるソースとドレイン電極を半導体材料から形成することが本願出願前周知であつたとの事実も右の根拠とはなりえない。その他本件全証拠によつても右の根拠を明らかにする資料は認めることができない。

3  以上のとおり、第1、第2引用例の開示するところによつては、トランジスタに関する周知の技術を参照しても、本願発明1の構成を得ることが当業者にとつて容易に推考できると認めることはできないから、その余の原告ら主張の点を検討するまでもなく、審決は、その判断を誤つたものといわなければならず、違法として取り消しを免れない。

3  よつて、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用し、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 木下順太郎)

〈以下省略〉

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